未払い残業代の請求を考えている方には、そもそも残業代請求の手続自体をよく知らないということが多いのではないでしょうか。
そこで、会社に残業代請求をするための方法や手続きの流れ、残業代請求のリスク、悪質な会社の手口、弁護士に残業代請求を依頼するメリットなどを詳しく解説します。
会社に対して残業代請求をする場合、おおむね次のような手続を踏むことになります。
残業代請求を成功させるため一番重要なのが、残業代に関する証拠です。このため、まず行う必要があるのが証拠の収集です。具体的にどのような証拠が必要であるか、収集方法については、「残業代請求の証拠の集め方」を参照してください。
本人が残業代請求に関する証拠を十分に集めることが難しい場合、弁護士から会社に対して証拠の開示を求める場合があります。
法律上、会社には従業員の労働時間の管理に関する資料を保管する義務がありますので、弁護士が開示を求めれば開示される場合が多いです。
なお、まれに会社が開示に応じない場合には、弁護士が裁判所に対して「証拠保全」という手続を行い、裁判所が会社に証拠の開示を求めることがあります。
いずれにしても、ご自分で証拠を集めることが困難な場合には諦めずに弁護士にご相談ください。
残業代請求の証拠が集まったら、その証拠に基づき後述する計算方法に従って、会社に請求できる未払い残業代を計算します。
なお、証拠が十分に集まらない場合でもあっても、少しでも集まったのであれば、そこから証拠がない期間の労働時間を推認したり、また全く証拠が集まらなかった場合でも請求や交渉の仕方で多少なりとも回収できることもありますので、諦めずに弁護士にご相談ください。
会社に請求する未払い残業代の金額が確定したら、実際に会社に残業代を請求します。会社に対する残業代請求の方法としては、次の3つの方法があります。
もっともオーソドックスな方法としては、まず会社に対して内容証明郵便を送付し、残業代を請求することです。内容証明郵便には、会社に請求する未払い残業代の金額、会社による支払いや回答の期限、振込先等を記載します。
また、期限までに支払いがない場合には、後述する労働審判や民事訴訟を申し立てる旨や、訴訟になったら付加金(2倍)の請求をする旨、労働基準監督署に申告をする旨、刑事告訴をする旨など、支払いをしない場合の会社側のリスクを告げ、速やかに対応するよう促します。
しかし、それでも会社が内容証明郵便による残業代請求を無視するとか、誠意ある対応をしてくれないというケースもあります。そのような場合には、次に説明する労働審判か民事訴訟を提起することになります。
労働審判とは、裁判官と労働関係に民間の専門家が組織する労働審判委員会において、労働問題に関する紛争を処理する手続です。基本的に話し合い(調停)による解決を目指しますが、これが難しい場合には裁判所から解決案が提示されます。
労働審判の特徴は、原則として3回以内の期日で審理が終了することにあります。通常の民事訴訟だと10回以上の審理が行われることが珍しくありませんので、労働審判は迅速に解決したい方に向いています。
未払い残業代請求は、労働審判をせず会社に対して民事訴訟(労働訴訟)を提起することも可能です。労働審判による解決が難しいケースでは、民事訴訟によって解決することとなります。
労働審判を申し立てるべきか、民事訴訟を提起すべきかは、請求金額や訴訟の充実度、それまでの会社側の交渉態度等、その事案によるところですので、このあたりも弁護士とよく相談して決定すべきだと思います。
会社に対する未払い残業代請求の手続と併行して、行政機関等へ相談することも考えられます。もっとも、上記のとおり、行政機関への相談自体が会社との交渉(駆け引き)の道具にも使えるところですので、どこに相談に行くか、いつ行くかなども弁護士とよく相談して決めるべきかと思います。
会社が残業代を支払わないことは、労働基準法に違反します。そこで、労働基準法を守らない企業側を取り締まる機関である労働基準監督署へ残業代の不払いを申告することができます。
労働基準監督署が会社に対して残業代を支払うよう指導することによって、未払い残業代の支払いを受けられる場合もありますが、多くの場合、回収まで面倒を見てくれることは少なく、また会社側からの少額の提案で解決しようする場合もあるようなので、どこまで信じて対応するかは慎重に判断する必要があると思います。
労働局は、厚生労働省管轄下にある行政機関です。労働局では労働条件の不利益変更やパワハラ等の職場環境について会社と従業員の調整を行う「あっせん」手続が利用できます。また、労働基準監督署でも、残業代請求について同様の手続が用意されています。ただ、この手続もあくまで会社側との話し合いなので、従業員側が納得のいく解決がなされることは少ない印象です。
会社に労働組合がある場合には、労働組合に相談することも選択肢の一つとなります。ただし、会社によっては労働組合が形骸化していて、必ずしも従業員の味方とは限らないことがあります。
会社との交渉や労働審判、民事訴訟などの法的措置によって会社に未払い残業代の支払い義務があることが明確になったら、最後に会社からの残業代の支払いを受けて無事解決となります。
悪質な会社の場合には、法的措置をとったにもかかわらず残業代を支払ってこないことがあります。このような場合は、すぐに会社に対して強制執行を行うことで、残業代を回収することができます。
残業代請求の和解金相場が気になる方も多いと思われますが「相場」と呼べるものはありません。後で詳しく説明するように、残業代請求の計算は請求をする従業員の残業時間や給与などによって大きく異なるためです。
残業代請求をする際に気をつけなければならないのが消滅時効です。残業代請求の消滅時効期間は、請求権を行使できる時から2年間です。未払い残業代が発生している期間のうち、2年が経過した分から消滅していくことになります。
この「2年」の考え方は、わかりにくいかもしれませんが、「請求できるとき」から、つまり各給料の支払い日から2年という意味です。例えば、毎月末日締め翌月25日払いの会社においては、2020年1月分の残業代は同年2月25日から「請求できる」わけですから、その2年後の2022年2月24日を経過すると請求ができなくなるということになります。
これでお分かりかと思いますが、毎月給料が支払われる会社において、残業代は、毎月給料日が到来する度に、2年前の残業代が時効で消滅することになります。このため、残業代請求をためらっている間に本来受け取ることのできる未払い残業代が目減りしていくことがありますので、少しでも早く請求した方がよいでしょう。
2020年3月27日に改正労働基準法が成立し、2020年4月1日以降に支払われる賃金について残業代請求の消滅時効の期間が3年に延長されました。
ただ、ここで注意したいのは、2020年4月1日になったからといって、すぐに3年前、つまり2017年4月とか5月の残業代が請求できるというわけではなく、2020年4月以降に支払日(給料日)が到来する残業代につき時効が3年になるだけなので、実際にこの改正の意味が出てくるのは、2020年4月1日から2年以上が経過したときということになります。
残業代請求の消滅時効が成立目前という場合には、すぐに時効の完成猶予の手続が必要になります。
残業代請求の消滅時効の完成猶予の方法として、まず会社に対して未払い残業代を請求する内容の内容証明郵便を送ることが一般的です。
内容証明郵便の送付によって消滅時効の完成が猶予されるのは6ヶ月間です。その後も時効の進行を止めるためには、内容証明郵便の送付から6ヶ月以内に会社に対して労働審判や民事訴訟を起こす必要があります。
残業代請求の時効が成立してしまうと後から覆すことは極めて困難です。上で説明したような内容証明郵便による時効の完成猶予を行う場合であっても、不備があれば会社側から「時効の完成は猶予されていない」と主張されるリスクがあります。
時効に関しては慎重な取り扱いが必要であるため、すぐに弁護士に相談することをおすすめします。
残業代請求は、通常は次の計算式で算出します。
残業代請求の対象となる残業時間には、法定時間外労働と法内残業の2種類があります。また、残業時間の種類に応じて割増率が決められています。
労働基準法は、労働時間を原則1日8時間・週40時間と定めています。この労働時間を超える残業を法定時間外労働といいます。
法内残業とは、会社が定める所定労働時間を超えているが、労働基準法上の労働時間は超えない範囲の残業をいいます。
例:会社の所定労働時間が7時間の場合、8時間の労働をすると1時間は法内残業
残業時間の種類ごとの割増率は次のとおりです。
残業時間の種類 | 割増率 |
法内残業 | 1.0倍 |
法定時間外労働 | 1.25倍 |
休日労働 | 1.35倍 |
深夜労働 | 1.25倍 |
会社の指示により、本来の始業時間より前に出社した場合には、その労働時間についても残業代請求の対象となります。
会社の明確な指示がなかったとしても、店舗の開店時間前の準備や、業務の性質上、所定の始業時間より早く出勤しないと回らない場合等も、その早出の時間は労働時間と評価され、残業代が発生する場合があります。
在職中に残業代請求をする場合には、以下のようなリスクがあります。
残業代請求を、従業員からの反抗と捉える上司はまだまだ多いです。このため、残業代請求をしたことによって上司や同僚などからパワハラや嫌がらせを受けるリスクがあります。
サービス残業を当然と考えている会社は、残業代請求をするような社員は辞めてもらいたいと思っていることさえあります。このため、不当解雇や退職に追い込むような配置転換をされるリスクがあります。
残業代請求をされた会社が反対に、請求をした従業員に対して業務上の些細なミスや事故等を理由として損害賠償請求をしてくることも考えられます。
一方で、在職中の残業代請求では、必要な証拠を入手しやすいというメリットもあります。特に労働時間に関する証拠は重要なので、会社内で日付や時間が分かるもの(日時が表示される固定電話やパソコンの画面表示等)を写真で残したり、毎日LINEやメール等で上司や同僚、家族等に「今仕事が終わった」等のメッセージを送ったりして、証拠を確保しておくことも重要です。
少なくとも本人が在職中に残業代請求をすると、上記のような嫌がらせや処分を受ける可能性があることは覚悟した方がよいでしょう。
もっとも、会社からの嫌がらせの多くは法的に対抗できるものです。嫌がらせを避けるためにも、在職中の残業代請求は弁護士を代理人に立てた方が安全です。
退職後に残業代請求をするリスクとしては次のようなものがあります。
最大のリスクは、上記の在職中の場合と比較して、残業代請求に必要となる証拠を入手することが困難という点です。
そういう意味では、在職中から弁護士に相談をして、必要な準備をし、退職後に会社に対して請求していくというのが理想的な方法だと考えられます。
退職後は、消滅時効の期間が経過したものから順に残業代請求権が消滅していきます。このため、消滅時効にかかっていないかを十分に確認し、早めに残業代請求をする必要があります。
実際には退職してから残業代請求をする方が多いです。証拠が手元に用意できていなくても、残業代請求を諦めないでください。
上でも説明したように、弁護士に依頼すれば会社から証拠の開示を受けられる可能性が高まりますし、証拠がなかったとしてもうまく請求、交渉することで一定額の回収を得られる可能性もあります。
日本の会社ではこれまで、「管理職には残業代を支払わない」という運用がありました。しかし、実際には管理職でも残業代請求ができるケースが多いのです。
これまで管理職に残業代の支払いが不要と考えられてきたのは、労働基準法41条において「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)は、残業代支払いの対象としないことが定められているためです。
しかし、次のような場合には、社内での立場が「管理職」であっても、残業代の支払いが不要となる労働基準法上の「管理監督者」にあたらないことがあると裁判所は解釈しています。
従業員の採用や配置、人事考課に関して自分の判断で決定できる権限を持たない場合には、管理監督者にあたらない可能性があります。
経営に関する会議などへ出席する権限を有していない場合には、経営方針の決定に関与する立場といえず管理監督者にあたらないことがあります。
欠勤や遅刻をしたことで給与の減額等のペナルティの対象となる場合には、出退勤の自由がないといえるでしょう。
残業代分の代替となる役職手当や賃金額の上昇などがなく、一般の従業員と給料がほとんど変わらないような場合は、「管理監督者」にあたらないとして残業代請求ができることがあります。
名目上「管理職」として扱うことによって残業代を支払わないようにする会社は実はたくさんあります。
「名ばかり管理職」とも呼ばれるこの問題は非常に深刻であり、残業代を支払わなくて済む管理職に会社が仕事を押し付けることで過労死などを引き起こすリスクもあります。
自分が「名ばかり管理職」ではないかと考える方は、すぐに弁護士にご相談ください。
残業代支払いをしない会社のよくある手口をご紹介します。
「年俸制だから残業代の支払いは予定していない」という考えの会社があります。しかし、「年俸制だから」という理由で残業代の支払いが不要になることはありません。
みなし労働時間制を採用していたとしても、その制度が適法に設計、運用されていない場合(どこにも制度が明記されていない場合や過剰な労働時間を想定している場合等)は制度の全部又は一部が無効と判断される可能性があり、また仮に適法に設計、運用されていたとしても、あらかじめ定められた固定残業時間を超えた場合については別途残業代を請求できる可能性があります。
タイムカードに記録していなくても当然に残業代の支払い義務があります。
ただし、タイムカードがないと残業時間の証明が難しくなるため、業務日誌やPCのログオフ履歴、オフイスの入退館履歴、メール・LINEの送信履歴など他の証拠を残しておくとよいでしょう。
会社の一方的な残業代カットは違法です。実際に残業している実態があるのなら、当然に残業代請求ができます。
テレワークなどを含め自宅で仕事をした場合でも、残業代請求の対象となる場合があります。会社や上司からの指示がある場合はそれを証明するために、メールなどの証拠を残しておいたり、実際に自宅で作業をしている動画を撮ったり、自宅で作業した成果物を逐一記録していく等、何らの証拠を残しておくことが重要です。
仮に従業員が残業代カットに合意したとしても、そのような合意は無効です。したがって、「残業代を支払わない契約」であるという会社の主張は通りません。
上司からの残業命令がなく残業をした場合であっても、それを認識しながら会社が残業をやめさせるよう明確な指示をしていないのであれば、会社に残業代支払い義務が認められることが通常です。
残業代請求は弁護士に依頼する方が多くいらっしゃいます。なぜ、残業代請求を弁護士に依頼すべきなのかを最後にまとめます。
未払い残業代の計算さえできれば、自分で会社に残業代を請求することも一応可能です。それでも、残業代請求を弁護士に依頼すべきといえる理由は次のとおりです。
従業員本人から会社に対して証拠開示請求や残業代請求をしても、圧倒的に拒否されることが多いです。支払うと言ってきたとしても、その金額は法定のものよりもはるかに少額だったりします。
また、会社は誠実に対応してこないので、無駄に時間もかかり、あとから弁護士に依頼をしたとしても十分に交渉の時間が取れず(交渉期間は内容証明郵便による時効完成猶予期間=6ヶ月)、より良い条件を引き出すのが困難になる場合もあります。
弁護士に依頼すれば、本人が請求するよりも、早期にきちんと対応してくる可能性が断然高まり、結果回収できる金額に大きな影響が出ると考えております。
未払い残業代の計算は意外と複雑です。労働基準法の正確な理解がないと、本来であれば請求できた残業代の請求漏れなどが発生するリスクがあります。
本人が会社に残業代請求をすると、不当な解雇や配置転換その他の嫌がらせを受けるリスクが高まります。
弁護士が交渉すると会社は違法行為ができないと判断しますので、不利益な対応をある程度回避することができます。
残業代請求をできないようにするため、悪質な会社は証拠を改ざんしたり処分したりすることがあります。
弁護士と協力して早期に証拠を確保する手続を講じることにより、重要な証拠が失われるリスクが低くなります。
残業代請求を受けた会社は、「恩を仇で返した」などと感情的な反応をすることがよくあります。このため、本人が会社に残業代請求をすると、仮に退職後であっても、会社の人間から罵倒されたり嫌がらせをされたりといった感情的な対立に巻き込まれることがあります。
弁護士に依頼すると、会社は残業代請求の件で本人には直接の連絡ができなくなります。このため、ご本人が精神的な負担から開放されるメリットがあります。