残業代請求では、請求をする人が上で挙げたような証拠を集める必要があります。まだ在職中である場合には、比較的残業代請求の証拠を集めることは容易です。タイムカードやIDカード、Eメールの送信履歴や業務日誌のコピー、PCのログ等を少しずつ集めておくとよいでしょう。
また、まだ在職中であれば、始業の際と終業の際に、その日時が分かる形で写真を撮っておく(社内のパソコンの右下の日時の部分の写真等)というのも、その時間に会社にいた(=仕事をしていた)証拠として有効なので、辞めるまでの間、できる限り撮っておきたいところです。
また、通勤に使うSUICAやパスモ等のICカードの履歴やETCカードの履歴も労働時間の証拠となる場合がありますし、仕事上でのLINEやチャットでの連絡(業務報告等)はもちろん家族や友人に対して「今から帰る」等のLINE等の連絡であっても労働時間の証拠になりえるので、このあたりもチェックして保管しておいた方がよいでしょう。
なお、労働時間の証拠については全ての期間につきその証拠があるに越したことはありませんが、証拠がない期間があったとしても、証拠のある期間の労働時間から推認にして、証拠がない期間の残業時間を認定できる場合もありますので、1ヶ月でも2ヶ月でも結構ですので、証拠を確保しておくことが重要です。
このほか、会社は、就業規則や賃金規程を事業所内の見やすい場所への掲示、備え付け、書面の交付などによって労働者に周知する義務が課せられています(労働基準法106条)。したがって、就業規則や賃金規程は基本的にはいつでも見ることができるようになっているはずです。
最近では、従業員だけがアクセスできるフォルダやデータベースなどに保管されているケースもあります。これも、在職中にコピーを取っておきましょう。
在職中に残業代請求の証拠を集める際には、会社の上司や同僚に気づかれないように注意する必要があります。会社に気付かれると、タイムカードなどの重要な証拠を改ざんされたり抹消されたりするリスクがあります。
なお、Eメールや業務日誌などをデータ化して業務用のメールアドレスから、本人のプライベートなメールアドレスに転送する際には注意が必要です。最近は、情報セキュリティの観点から多くの企業においてメールの送受信履歴を上司が把握できるシステムが導入されているためです。
このため、メールなどでデータを外部に持ち出した場合には、証拠収集をしていることが上司などにバレてしまうリスクが高いので気をつけましょう。
既に退職していて証拠が集められない場合もあります。また、悪質な会社だと、残業代請求をできないようにするため、タイムカード等を打刻させていなかったり、タイムカード等を改ざんすることもあります。
残業代請求の証拠がないという場合でも、弁護士が法的手続によって会社から証拠を開示させることができますのであきらめる必要はありません。
残業代請求をする人の手元に証拠がない場合、弁護士から会社に対して残業代請求の証拠書類の開示を求めることになります。そもそも、会社はタイムカードなど労働関係の書類を保管する義務がありますので、弁護士が開示請求をすれば通常の会社であれば開示に応じます。
会社に対する残業代に関する証拠の開示請求は、弁護士でなければできないというわけではありません。ただし、従業員本人から会社に対して請求をすることは、心理的抵抗があるのが通常です。また、従業員本人からの請求だと会社から拒否されることが多いです。
したがって、確実に会社に対して残業代請求をしたいという方は、最初から弁護士に依頼して弁護士の名前で開示請求をした方がよいでしょう。
残業代を意図的に支払っていないような悪質な会社の場合には、弁護士から開示請求をしても残業代請求に関する証拠を開示してこないことがごく稀にあります。
会社が弁護士からの開示請求にも応じないときは、裁判所に「証拠保全命令」の申立てを行う方法があります。証拠保全命令の申立てとは、重要な証拠が改ざんされたり処分されたりすることのないように、あらかじめ裁判所が会社に証拠の提出を求める手続きです。
証拠保全は、残業代請求の訴訟に備えて行う手続きです。このため、証拠保全の後に裁判所に対して残業代請求の訴訟を提起することになります。
証拠保全命令を拒否したとしても罰則が適用されるわけではありません。このため、会社が証拠保全命令を無視することは法的には可能です。
ただ、裁判所からの証拠保全命令を無視すると、通常はその後に残業代請求の訴訟が提起された場合に裁判所の会社に対する心証は非常に悪いものとなります。このため、証拠保全命令には従う会社が多いといえます。
証拠保全命令の申立ての手続は専門的な知識が必要になるため、通常は弁護士が代理人として手続を行うことになります。